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キリストによる救いに与ることは難しいことですか?
自分の努力、義の行ないによっては自分中心な思い、根深い罪から解放され
ないことを認め、自らの救いをキリストに全面的に委(ゆだ)ねた者は、すなわち、イエスを自分自身の救い主として受け入れた者は、このキリストによる救い
に与り、永遠に生きることが確約されているのです。
キリストが人類の罪のために犠牲になってくださったことによって、全人類に救いの道が開かれ、キリストを信じる者に永遠の命が与えられるという約束が福音です。
キリストが歩まれたように歩めばよいのです!
もっとも、これは決して易(やさ)しい道ではありませんが、
そのように歩みたいと心から願う者には必ず
主、神の助けがあるので、
不可能と思える道も可能になるのです。
キリストが歩まれた道は聖書に記されています。したがって、聖書に記され
ている「神の言葉」と、キリストの生き方、教え、言動から、有意義な人生へのステップを学ぶことができるのです。これ以外に、私たちが心の問題から解消さ
れて、主にある平安の人生を全(まっと)うする道はないでしょう。
さらに神は、神が語られ、実証してくださった人生の真理をまず自ら学び、実践し、その素晴らしさを、周りの助けの必要な人(隣人(となりびと))とともに分かち合っていくことを望んでおられます。
もしあなたがキリストを、自分を罪から解放する「救い主」として受け入れた新生のクリスチャンであるなら、各個人に一度しか与えられないかけがえのない人
生を、主を受け入れたことによって如何に有意義に歩んでいるかを回りの人たちに語っていくことができます。
これが、自分のキリストによる救いを証(あか)しするということです。
しかし、
「この世にあっては悩みがある(あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。」(ヨハネ16:33)とも、
「わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。」(ヨハネ14:27)とも、イエス・キリストが言われたように、有意義な人生がイコール、悩みとか困難のない人生、というわけではありません。
キリストご自身の人生がそうであったように、たとえこの世の人たちと同じように、いやそれ以上に苦しいことに直面しても、父なる神と子なる神キリストとの
正しい関係にある人はだれでも、その人にとっては、他人の計り知ることのできないかけがえのない最高の人生を送ることができるという約束なのです。
イエスの愛弟子(まなでし)ヨハネも、「私たちは、自分が真理に属するものであることを知り、そして、神の御前に心を安らかにされるのです。」(第一ヨハネ3:19)と語り、
イエスを神の御子(みこ)と信じて告白する者は、神の愛の中に守られているので、この悪に満ちた世にあっても恐れがなく、すでにキリストにあって世に勝っている者であることを教えたのでした。

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