U 25:1〜32:32  諸国への預言

 

エルサレムへの裁きが完了した後、25〜32章では、33〜48章の復興の預言に移る前にイスラエルのもろもろ諸々の敵国に対する神命が挿入されています。神命の中には近未来だけではなく、遠未来の預言も含まれています。イスラエルが再び栄光のうちに戻されるには、まず敵対するすべての勢力が打ち砕かれなければならないことが示唆されているようです。

(1) 25:1〜17  近隣諸国への預言
   バビロン侵略が始まったとき、アモンはエドム、モアブ、そのほかの国々と一緒にユダのゼデキヤ王とバビロンに反逆する同盟を結んでいました 。しかし、エルサレムが陥落するやアモンの王バアリスは、イシマエルのユダの総督ゲダルヤ暗殺の計画を仕組み寝返ります 。そもそも時代をさかのぼれば、士師の時代からアモンは絶えずイスラエルを攻撃してきたのでした 。
   アッシリヤに攻撃された722BCE、北イスラエル王国が逆境にあえいでいたとき、アモンは領土を侵略し 、ユダの王エホヤキムの時代にはイスラエルの民はアモン人の略奪隊に随分苦しめられたのでした 。しかし、彼らのイスラエルに対するあざけ嘲りが、神の目に止まらないはずはなく、荒野の遊牧民族 が東方から襲い、アモン人の首都「ラバ」(5節)を占拠、彼らの地を略奪して自分たちの牧用地とすることによって痛い報酬を受けることになるのです。「手を打ち、足を踏み鳴らし」(6節)イスラエルの苦境をあざけって喜んだしょうわる性悪なアモンは、今度は自分たちが「異邦の民」のえじき餌食となり、このようにして無残にもたち滅ぼされ、「国々の間から消えうせ(る)」(7節)ことになるのです。
しかし、「このとき、あなたは、私が主であることを知ろう。」(7節)と主がエゼキエルに語られたように、主のみむね御旨はアモン人がこの地から完全に滅びることではなく、また、預言者エレミヤにも語られたように、「そうして後、...アモン人の捕われ人を帰らせる」 にあるのです。同様にモアブもイスラエルと半血血族関係にありながら、「ユダの家は異邦の民と変わらない」(8節)とイスラエルが主の民であることを否定、ぶべつ侮蔑した態度に対し神の裁きが下り、アモンと同じま蒔いた種を刈り取る道を歩まされることになります 。
モアブ、イスラエル間の対立は、モーセ率いるイスラエルの民がモアブの草原に宿営したことに対し、 驚くべき神の奇蹟、力のうわさを聞いていたバラクが恐怖からいかく威嚇行為を取ったことに始まったのでした 。共にロトの子孫であるモアブと隣国アモンとの関係は深く 、互いにいつ何時も親密、密接に関わり合って来たのでしたが、モアブの方が自国の地に定着し、より発達した文化を築き上げていたのでした。

エレミヤ27:1〜11
エレミヤ40:14
士師記10:11、サムエル記上11、サムエル記下10
エレミヤ49:1〜2
列王記第二24:1〜2
4節、「東の人々」
エレミヤ49:6
イザヤ15:16、エレミヤ48、アモス2:1〜3、ゼパニヤ2:8〜11
民数記22〜24
創世記19:30〜38


   エドムに対しても同様に主の裁きが下ります。「エドムはユダの家に復讐を企て、罪を犯し続け、復讐をした。」(12節、下線付加)と、エゼキエルの非難はモアブ、アモンに比べて手きび厳しくなっています。イスラエルとエドムの関係は、イサクに生まれたふたご双子兄弟エサウとヤコブのはんもく反目に始まり 、憎しみの歴史をつちか培ってきたのでしたが、『主よ。エルサレムの日に、「破壊せよ、破壊せよ、その基までも。」と言ったエドムの子らを思い出してください。』 と、事あるごとにイスラエルに攻撃的であったエドムのどうもう獰猛な性格がイスラエルの民の嘆きの歌に表されているように、何とエドムは神のみな御名の置かれた都エルサレム陥落の日、バビロンのネブカデネザルにくみ与してユダを攻撃し、ユダ南部の領土を占領したのでした。
そこで主は、かつて「彼らの頭上に彼らの行ないを返そう」 と言われたお言葉通り、今度は、「イスラエルの手によって」(14節)、イスラエルが受けたと同じようにエドムに復讐することを宣告されたのでした。やがて預言通りエドムの領土は廃墟と化し、エドム人は全地に四散したのでしたが 、生き延びたエドム人は後に、まずユダ・マカバイに、続いてヨハネ・ヒルカナスに服従することになったのでした。後者の支配下にあってエドム人は、割礼(神がアブラハムと契約を交わしたとき、「契約のしるし」 として八日目の男子赤子全員に施すことを命ぜられた神の契約の民と民に属する異邦人すべてに対する儀式)をし強いられ、ユダヤ人に同化させられたのでした。
   ペリシテ人は、イスラエル人とは何の血縁関係もないエーゲ海の海洋民族ですがイスラエルとの対立の歴史は古く、ダビデ王がペリシテ軍弾圧に成功してからも両者間に紛争は絶えなかったのでした。「ケレテ人(じん)」(16節)はおそらくクレタ島の住民のことで、ペリシテ人に関係してよく登場しますが、ダビデが彼らをようへい傭兵として雇った歴史があります 。預言通りペリシテ人はマカバイの時代 以降、完全に姿を消し、彼らの町の名だけが残ったのでした。

創世記25:23
詩篇137:7
エゼキエル11:21、22:31、5:11、7:27
オバデヤ1〜21、マラキ1:3〜5、イザヤ34:5〜7、エレミヤ49:7〜22、哀歌4:21〜22、エゼキエル35、アモス1:11〜12
創世記17章、21:4
サムエル記第二8:18、15:18、20:7
165BCE、シリヤのセレウコス朝アンティオカス・エピファネスの圧政とぼうとく冒涜行為から、ゼウス神の祭壇設置、豚の犠牲で汚されたエルサレム神殿を取り戻し、ユダの民を解放し、自治王国を樹立することに貢献した祭司マタティアの五人の息子たち(その一人がマカバイ)の武勇談に象徴され、長らく暗黒時代にあったユダの歴史の中で明るい光が投げかけられた時代

聖書一人