ダニエル書概論

 

ダニエル書は、1〜6章までが歴史的叙述で、7〜12章までが近未来、遠未来を含む預言的眺望で構成されています。
T 歴史的叙述  1〜6章
U 預言的眺望  7〜12章

ダニエル書の構成


   ダニエル書には、カルデヤ人バビロンの王からメディヤ人ペルシャの王への政権の移動に伴って起こった歴史的出来事と、捕囚先のバビロンの王宮で各王に仕えた預言者ダニエルに神が啓示された預言とが記されています。
   イエス・キリストは、「人々は剣の刃に倒れ、捕虜となってあらゆる国に連れて行かれ、異邦人の時の終わるまで、エルサレムは異邦人に踏み荒らされます」 と預言されましたが、バビロン軍によるエルサレムの陥落によりエルサレムの政治的支配権が異邦人の手に渡り、「異邦人の時代」が始まったダニエルの時代以降、未(いまだエルサレムが異邦人に踏み荒されている時代が続いているといえるのです。しかし、1967年6月の『六日戦争』でのイスラエルの圧倒的勝利(イスラエルが初めてエルサレムを奪還)によって、あるいは、「異邦人の時代」の終幕が非常に近づいたといえるかもしれません。今後の人間史を方向付ける鍵が「モリヤの山」(アブラハムがひとり子イサクを神にいけにえ犠牲として捧げようとして、神の御介入があった山、エルサレムの神殿の山)の跡地に現在建っているイスラム教の寺院、岩のドームの動向にあると、成り行きを見守っている聖書教師、神学者たちはたくさんいます。

   神は異邦人世界の興亡に関するビジョンをネブカデネザル(2章)とダニエル(7、8章)の夢の中で語られましたが、同じビジョンを、バビロンの王ネブカデネザルとダニエルが全く違った観点、価値観から見ていることは注目に値します。
異邦人の王ネブカデネザルはこの世に興亡する王国を『巨大で、常ならぬ輝きに満ち、畏敬の念を抱かせ、崇拝するに相応しい強力な人間の姿』として描いていますが、信仰の人ダニエルはこの世の誇り高き王国を、ざんぎゃく残虐、かとう下等な野生の動物としてしか見ていないのです。興亡する王国は東から西へ、すなわち、ひので日出からにちぼつ日没へと下降して行く形で描かれており、これはネブカデネザルの夢に現われた「巨大な像」のビジョンが頭部から足下へと、また、純金から粘土へと下降して行く形で描かれているのと平行しています。この世の行く末が繁栄、発展ではなく破壊、下落にあることが象徴されているようです 。最後の望みはこの世以外の領域からの神の劇的な御介入だけと、ダニエルは訴えているようです。
8章に記されているダニエルに与えられたビジョンでは、メディヤ−ペルシャ(最後の東洋勢力)、ギリシャ(最初の西洋勢力)に的が絞られて預言が語られています。7章でベルシャツァル王の時代にビジョンが与えられたときにはすでにバビロンの没落は時間の問題になっていたことから、8章ではそれに続いて起こる預言に力点が置かれたようです。

ルカ21:24
最初の人間が神に反逆し堕落して以降、『熱力学第二法則・エントロピー増大の原理』が神の創造の秩序の中に組み入れられ、天地(宇宙)が消耗、無秩序への一途を下降している現象と一致しています。


この8章のビジョンは再び11章で取り上げられ、そこでは、旧約(へブル語)聖書のマラキ書から新約聖書のマタイによる福音書までの空白の時代を埋める期間の出来事が預言されています。その焦点は、暗黒時代でもユダの民がギリシャ勢力、特に168BCEのアンティオカス・エピファネスの支配下にあった時代の出来事に置かれ、全35節のうちに135にも上る主要な出来事が詳細にわた亘って預言されており、それらは主イエスのごこうたん御降誕(初臨)のときまでに成就したのでした。11章の最後では、アンティオカス・エピファネスを『予型』(後に起こるよく似たことが前もって示されたパタン)とする反・キリストの出現が終末に起こることが暗示されています。
   19章の「ダニエルの七十週」の預言は驚異的ともいえるものです。突然絶たれることになる『油注がれた者』ユダヤ人の王の出現とぼうとく冒涜の限りを尽くした後、滅ぼされることになる『荒らす忌むべき者』の出現を含めた、イスラエルの民と都エルサレムの歴史が七十週で完了することが預言されたのでした。このうち六十九週までがイエスの初臨によってすでに成就し、最後の一週だけが今日成就されないまま残っているのです。この残りの一週 は主の再臨、ハルマゲドンの戦いによって成就することになると解釈されています。

七十週目の「一週」、すなわち、「七日間」。聖書の原則を当てはめて、一日を一年とみなせば、最後の七年間ということになります

 

聖書一人