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2009年秋は9月から10月にかけて、フィリピンのルソン島に復旧の間もなく引き続き 台風オンドイ(16号)、ペピング(17号)で全半壊の家屋が約3300戸、避難者約37万人、マニラ首都圏で全域の約80%が冠水、 しかし、台風20号は予想されたルソン島直撃コースから最後の瞬間にそれ、フィリピンは予想された最悪の事態から免れました。 9月初めにフルダミニストリーから送った衣類がタイミングよくフィリピンに届き、十月半ば、いち早く災害地の方々に届けられました。
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2009年 10月 4日~5日 二つの台風(オンドイとペピング、2009年10月10日付、私のレターを ご覧下さい)が過ぎ去ったあと、私たちはノヴリッチズの親戚や友人を訪ねました。 台風の爪あとは写真のとおりです。私の弟と彼の妻が被災した人々へ、古着、食料品の 救援物資を手渡す仕事をしました。 私たちは五十世帯に救援物資を手渡すことが出来ました。
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10月 17日~18日 台風のあと二~三週間たって、私たちは被害が大きかった 脱穀された米は乾燥させるため、 パンガシナンに行く途中、
18日~20日 私たちは、褐色カタツムリを水田で採取しました。それらは食用になります。
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![]() 水田の稲は収穫時期を迎えて いましたが、大部分の水田が 台風のために水に浸かり、農民は 大変な打撃を受けました。
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10月 29日
サン・イシデュロ、ブライアンで私たちは総合ビタミン剤を配りました。 私とともに写っている子供は六歳の障害を持った男の子です。 彼の父親はすでに亡くなり母親も彼を残して、どこかに行ってしまい、 父親側の祖父母が彼を引き取って育てています。 この写真を撮ったとき、シティオ カラヒュームでは霧雨が降っていました。 |
私たちは、 パンガシナンでエイタという部族が 小屋を建てるのを手伝いました。 ![]() |
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